コリアンスリーこと、韓国の電気自動車バッテリーメーカー三社のなかに、サムスンSDI(Samsung SDI Co., Ltd.)という企業がある。世界2位にまでシェアを伸ばしたLG化学、そのLG化学と特許権をめぐり激しく争ったSKイノベーションに比べ報道量は多くないが、直近(2月)の世界シェアで5位(6.5%)に上るなど順位を上げている。
(参考記事:「コリアンスリーの世界EV電池シェア40%突破」)
サムスンSDIはその名のとおり、サムスンのグループ企業だ。同グループの中核企業であるサムスン電子と密接な関係にあることで知られている。同社はバッテリー事業以外にも電子素材事業も行っており、たとえばサムスン電子のスマートフォンには少なくないサムスンSDI製の素材が用いられる。サムスンの系列企業はサムスン電子が「太客」となるため、市場シェアも底上げできるのだが、バッテリーに関してはそれができない。サムスンには自動車事業が無いからだ。
自動車事業の歩み
サムスングループはかつて1995年に自動車事業に参入したが、間が悪いことに、1997年の韓国の金融危機(IMF危機)の影響で断念された。自動車事業はサムスン創業者のイ・ビョンチョル元会長、二代目のイ・ゴニ現会長の悲願だったとされる。その経緯からか現総裁のイ・ジェヨン副会長も、自動車に関わるバッテリー事業には関心が高く、強くアシストしているとみられている。
もちろん、電気自動車バッテリーが有望である事も無関係ではないだろう。世界の電気自動車のバッテリー市場は、今後大きな成長が期待される分野だ。市場調査会社SNEリサーチによると、全世界の電気自動車のバッテリー市場は2018年に初めて100GWhを超え、今年は194GWhになると予想される。2030年3066GWhと現在の15倍以上の伸びが予想されるなど、大きな成長が期待される市場だ。
サムスンSDIは2000年代から現代自動車やフォード、ボッシュ、テスラなど、様々な相手と手を結んでは離れてきた。しかし、現在の納品先であるBMWは、元はボッシュとの合弁企業を介して繋がった。
最近の動き
サムスンSDIは、2019年11月21日、ドイツBMWと3兆8000億ウォン(約3300億円=現在レート)規模のバッテリー供給契約を締結した。BMWは、2009年に電気自動車の共同開発に乗り出し、2014年BMW i3、2015年BMW i8がサムスンSDIの電池を搭載するなど、関係は長い。BMWは2025年までに電気自動車25種を発売する計画を立てている。
BMW以外ではボルボ、アウディ、フォルクスワーゲン、フィアットクライスラー、ジャガーランドローバー、リビアンなどの次世代電気自動車などが顧客として挙げられている。
韓国メディアによると、サムスンSDIのバッテリー受注残高は、2019年末時点で60兆ウォン(約5.3兆円)とされる。受注の増加にともない生産設備の拡充にも投資を重ねている。
サムスンSDIは2021年の稼働を目標に、ハンガリーのゲッドにある自社の電気自動車バッテリー工場を増設中だ。投資規模は1兆2千億ウォン(約1千億円)に達する。ハンガリーには、コリアンスリーの一角であるSKイノベーションも工場を構えている。
(参考記事:「サムスンSDIがハンガリーでのEV電池生産拡大、第2工場設備導入か」)
一方、同社は、バッテリー用の核心素材である正極材の確保にも手を打っている。
サムスンSDIは、2020年2月に、正極材の製造企業であるエコプロビーエムとの間で、「エコプロイーエム」という合弁企業を設立すると発表した。エコプロイーエムが提供する正極材はすべてサムスンSDIが確保するという。同じくエコプロビーエムから正極材を受けるSKイノベーションに比べ、より安定的な確保を目指し結果としての合弁であったとの見方もある。
(参考記事:「サムスンSDIが正極材メーカーと合弁か?EVバッテリー生産安定のため」)
合弁は考えているのか?
一方で、他のコリアンスリー二社に比べ、完成車メーカーとの合弁については今のところ動きが伝えられていない。
LG化学は昨年末基準のバッテリー受注残だが150兆ウォン(約13.1兆円)とされ、サムスンSDIに2倍超の差をつけている。LG化学は、昨年6月、中国のジーリー(吉利汽車)と各1034億ウォン(約90億円)ずつを出資し、電気自動車バッテリーの合弁企業を設立した。2021年内に10GWh規模の工場を建て、ジーリーに供給する予定だ。また、米国GMとは、1兆ウォン(約900億円)ずつを出資した合弁会社により米オハイオ州ローズタウンに30GWh以上の工場をつくる。
(参考記事:「GMとLG化学が米で世界最大規模EVバッテリー工場設立」)
SKイノベーションも北京自動車グループ・北京電工と合弁企業を設立した。フォルクスワーゲンとの合弁についても協議中であると伝えられている。
バッテリーを安定的に得たい完成車メーカーと、逆に安定的に供給したいバッテリーメーカーの思惑は一致する。そのため、トヨタやフォルクスワーゲンなども、それぞれパナソニックやノースボルトと合弁企業を設立した。サムスンSDIの合弁の噂については今のところ伝えられていないが、今後動きがある可能性はある。
サムスンの戦略は?
一方で、サムスンSDIは全個体電池(All-Solid-State Battery)をバッテリー業界のゲームチェンジャーとして投入するという見方もある。全個体電池はエネルギー密度が高く、電気自動車の航続距離を伸ばしてくれる。この電池の研究を行っているのはサムスン電子だ。素材の開発はサムスン電子(傘下のサムスン電子総合技術院)が行い、量産テストはサムスンSDI(サムスンSDI素材研究所)が実施しているようだ。
(参考記事:「日本人含むサムスン研究部門、次世代バッテリー技術開発」)
ちなみに、サムスンSDIのジョン・ヨンヒョン社長は、元はサムスン電子のメモリ事業部に所属した人物だ。同事業部のDRAM設計チーム長から同開発室長を経てメモリ事業部長にまで登りつめたあと、2017年3月よりサムスンSDIの社長となった。同グループの事実上の総裁であり、サムスン電子のイ・ジェヨン副会長からの信頼が厚いとされる。
サムスンSDIはサムスン電子の人材が以前よりも中枢を占め、これは半導体の量産技術をバッテリーにも活かすための措置との見方もある。
サムスンSDIは世界シェア(今年2月)で5位になったとはいえ、その占有率は6.5%であり、1位のパナソニック(34.1%)や2位のLG化学(29.6%)とは大きな差がある。「超格差」という戦略もと、圧倒的な市場支配を旨とするサムスンだけに、どこかのポイントで勝負をかけてくる可能性が高いだろう。
(参考記事:「[特集]サムスンの「超格差戦略」とは何か?(上)」)
(参考記事:「[特集]サムスンの「超格差戦略」とは何か?(下)」)
(写真:サムスンSDIのWebサイト)