サムスンのイ・ゴンヒ会長亡くなる…経営継承などに影響はない模様

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サムスンのイ・ゴンヒ会長亡くなる…経営継承などに影響はない模様

サムスン電子のイ・ゴンヒ(李健熙)会長が25日逝去した。イ会長は2014年に心臓麻痺で入院して以来、長らく意識不明の状態が続いていたとされる。すでに経営権などは息子であるイ・ジェヨン副会長に移っており、事業継承における支障などは無いとみられる。

サムスン側は、葬儀は個人と遺族の意に従って、簡素に家族葬で行うことにしたと明らかにした。サムスンの声明は以下のとおり。

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李健熙会長は1987年に会長として就任して以来、サムスンを「韓国のサムスン」から「世界のサムスン」に変貌させた。これまで成し遂げた経営成果は、就任当時10兆ウォン(約9270億円) だった売上高が2018年387兆ウォン(約36兆億円)に約39倍に増え、利益は2000億ウォン(約190億円)から259倍、株式の時価総額は1兆ウォン(約9300億円)から396兆ウォン(約36兆7000億円)へ396倍も増加した。

このような外形的な成長のほかにも、先進経営システムを導入し、挑戦と活力にあふれる企業文化を作って経営体質を強化し、サムスンが内実の面でも世界一流企業の面貌を備えるようにした。

1993年、李健熙会長は<サムスン新経営>を宣言し、経営前全部門にわたる大々的な革新を推進した。李健熙会長は革新の出発点を「人間」と見て、「自分から変わろう」というスローガンを掲げた。

人間味と道徳性、礼儀作法やエチケットをサムスンの全ての役職員が持つべき最も基本的な価値と見て、量を重視してきた従来の経営慣行から脱し、質を重視する方向へ経営の方向を変えた。

このような努力を通じて、サムスンは1997年、韓国経済が直面した史上初のアジア通貨危機 と2009年の金融危機の中でも成長し、2020年ブランド価値は623億ドル(約6500億円 )とグローバル5位を占め、スマートフォン、テレビ、メモリー半導体など20品目でワールドベスト商品を記録するなど名実ともに世界一流企業へと跳躍した。

李健熙会長の経営哲学は「人間重視」と「技術重視」を土台に質中心の経営を実践する「新経営」だ。新経営哲学の核心は現実に対する明確な認識と自己反省を通じた変化の意志を持ち、質中心の経営を実践して、最高の品質と最上の競争力を持つ製品とサービスを提供することで、人類社会に貢献する世界超一流企業になろうということだ。

これは、サムスンの経営理念である「人材と技術を基に、最高の製品とサービスを生み出し、人類社会の発展に貢献する」ことによく表れている。

李健熙会長は学歴と性別、職種による不合理な人事差別を打破する開かれた人材を指示し、サムスンはこれを受けて、「公開採用学歴制限廃止」を宣言した。サムスンはこの時から、年功序列の人事基調ではなく、能力給制を電撃的に実施した。

李健熙会長は、人材確保と養成を企業経営の最も重要な課題と認識し、サムスンの役職員が世界各国の多様な文物を学べるように地域専門家、グローバルMBA制度を導入し、5000名を超えるグローバル人材を養成した。

李健熙会長は人材第一の哲学を土台に「創意的核心人材」を確保して養成することに力を入れた。人材育成とともに、李健熙会長は技術力を競争力の核心と考え、技術人材を重用することで、企業と社会の技術力の底辺を拡大した。

事業では、半導体産業が韓国人の文化的特性に合い、韓国と世界経済の未来に欠かせない産業と判断し、1974年に不毛地同然の環境で半導体事業に着手した。

その後、たゆまぬ技術開発と果敢な投資で1984年に64メガDRAMを開発し、1992年以降20年間、DRAM世界市場占有率1位を続けて達成し、2018年には世界市場占有率44.3%を記録した。

このような占有率の背景には2001年、世界初の4ギガDRAM開発、世界初の64GbNAND型フラッシュ開発(2007)、2010年に世界初の30ナノ級4ギガDRAM開発と量産、2012年世界初の20ナノ級4ギガDRAM量産などの技術力があった。また、「技術により豊かなデジタル社会を実現できる」という李会長の信念により、可能となった。

李健熙会長は、社会貢献活動を企業に与えられたもう一つの使命と考え、これを経営の軸とするようになった。サムスンは国境と地域を越えて社会的弱者を支援し、国際社会の災難現場にも救護費を支援している。

このような活動は1994年にサムスン社会奉仕団を発足させ、組織的に展開しており、特に企業としては世界で唯一、先端装備を備えた緊急災難救助隊を組織し、国内外の災害現場に救護活動を展開しており、盲導犬など動物を活用する社会貢献も進めている。

李健熙会長の独特な経営哲学は、役職員にも影響を及ぼし、毎年延べ50万人が300万時間もの間、自主的に孤児院や老人ホームなどの貧しい施設でボランティア活動を行い、自然環境保全に汗を流している。

一方、李健熙会長はIOC委員としてスポーツを国際交流と世界平和に寄与する重要な促進剤と認識し、1997年からオリンピックのTOPスポンサーとして活動するなど、世界のスポーツ発展に力を添えた。

特に、李会長は2018年に平昌(ピョンチャン)冬季五輪誘致のため、たゆまずスポーツ外交活動を展開し、2011年に南アフリカ共和国のダーバンで開かれたIOC総会で平昌がアジア初の冬季五輪開催地に選定されるのに大きく貢献した。
—–(以上)


 
 
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